霊流
流れる燈籠の明るさにかまけて、帰る時刻を逃してしまった。
既に帳などとうに落ちて、濃い闇が川岸から迫りつつある。燈籠は、ゆらゆらと水面を泳ぐばかりで、自らを照らして精一杯のようだ。
――幽明境を異にする。
対岸から、ふらり、と客人がやって来たので、そんな言葉が浮かんできた。
金色の揚羽と宵色の大紫が、ひらり、ひらり、と川を渡る。
燈籠の炎に似て、その軌道を絡めて幽けく舞うのだ。マレビトはやがて、懐くように私の身体を廻り、傍らに置いた箱の隅に揃って留まる。
――あぁ、そうだ。流さねば。
せっかく用意した燈籠を、危うく流さずに帰るところだった。箱に手を伸ばせば、蝶たちは察したのか、闇へ移ろいだ。
湿気りかけたマッチで蝋燭に火を灯し、緩慢と流れる川へと入る。ゆるやかに流れてくる燈籠を避けて踝まで水に浸かり、箱を浮かべた。
蝶はまだ、ついて来る。
煌と燃えた蝋燭を、しばらく見てから手を離した。
蝶は袂を離れて、揺らぐ燈籠を追う。他のそれらに紛れて、私の燈りが水面を滑る。蝶が追う。
それは、鬼火に魅せられた、愚かな蛾と違わず。
そして、二頭はそのまま、炎へ舞った。
刹那、茫と小さく、大きく燃える。
二頭の蝶の、その身を焼いて。
駆け寄って川の水をかけるが、大紫は黒く煤けて炭へと還った後だった。羽根の焦げた揚羽も、手に乗せると二、三度ばかり羽ばたいて、そのまま動かなくなった。
川を見ると、篝火が滲んでいた。
ゆら、ゆら、ひら、ひら、と蝶が、燈籠が、誰かが、燃えた。
――そういえば。
揚羽を手にしたまま、私は漠と考える。
――そういえば、誰も居ない。
ここを流れる灯火たちは、一体、誰が流したのだろう。