水無月
ちりん、と風鈴が鳴る。
顔を上げると、彼がいた。
――夢だわ。
私は知っているの。彼がここにいないことを。
そう思った瞬間、彼は陽炎 のように掻き消えた。
茹 だる暑さに目眩 がする。
あの雪の日から、季節が半分も回ってしまっていた。
そう言えば、緋袴 を脱いで久しく、袿 の感触ばかりが脚を覆う。そっとかかった布団を剥ぐと、隠れていた足が見えた。
どす黒い蛇が、幾匹ものたくっていた。
蛇はそのまま、胸元まで這い上がる。
ずそをはく
蛇の言葉に、私の身体は再び倒れ落つ。
私はただ、残り香を求めて、風鈴のその先を――。
――そうよ。彼は、夢だわ。
やがて私は、呪詛に巻かれて散るのだろう。先が知れたのならば、私が後悔することなどただひとつ。
神女 であったことでも、彼と出逢ったことでも、呪詛 に倒れることでもない。
――あなたと、添えなかったことを。
ちりん、とカゥベルが鳴る。
彼女が来た合図が。
私がずそを吐く、ただひとりの彼女が。
茹だる暑さの今日、来た。